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霧ヶ峰基金 vol.2

p2_01.jpg霧ヶ峰高原といえばなだらかな草原に咲き誇る花々をイメージする方が多いのではないかと想像します。その草原景観がどのようにして作られたかご存知でしょうか?霧ヶ峰高原一帯は自然に任せておけば、森林へと変わっていく場所です。それがなぜ、草原のまま維持されてきたのか、そこには人間の暮らしに密着した関わりがあります。昭和30年代頃まで、里に暮らしていた人々は牛馬を使い田や畑を耕していました。牛馬の餌となる草は、霧ヶ峰で調達していたそうです。餌となる草を確保するため、草原に火をつけ枯れ草や幼木を燃やす「火入れ」も行われていました。霧ヶ峰は諏訪地方の里山だったといえます。時代が流れ、燃料革命を境に石油燃料で動く機械が取り入れられ始めると、牛馬で田や畑を耕すこともなくなり、その結果、餌となる草も調達する必要がなくなりました。現在は草刈や火入れといった人の手が入らなくなり、少しずつ草原から森林へと移り変わりそこに生える植物も変化しています。その一方、人の手が入って作り上げられた草原景観は、今では観光資源として多くの方を魅了しています。これからどのように人が関わり、霧ヶ峰をどのような形で後世に引き継いでいくか、大きな課題だと感じています。
自然・文化・歴史など多彩な魅力をもつ、霧ヶ峰。その魅力を守りつつ、それらとふれあい、ガイドの解説を受けながら楽しみ、地域の経済振興に結びつける、エコツーリズムという考えがあります。私たち霧ヶ峰基金は、新たな観光の形「霧ヶ峰型のエコツーリズム」の確立を目指し日々奮闘しています。

文 田代紀子

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