Diary 蓼科便り

フォッサマグナ”発見”150年!

こんにちは。東急リゾートタウン蓼科 タウンセンターの岩下です。12時の気温は4℃、天候は晴れとなっております。

「フォッサマグナ」とは、本州の中央部を横断する「大地溝帯」です。
今回は、150年前にフォッサマグナを”発見”したナウマン氏(以下敬称略)についてご紹介しましょう。

ハインリッヒ・エドムント・ナウマン(1854-1927)はドイツの地質学者で、1875年(明治8年)に明治政府に招聘されて来日しました。
日本列島の地質調査に取り組んでフォッサマグナを発見し、象の化石を研究するなど多くの功績を残しています。
野尻湖の発掘で有名な「ナウマンゾウ」は、ナウマンがその名の由来となっています。

ナウマンは、1875年(明治8年)に長野県南佐久郡南牧村にある飯盛山を訪れ、ここから眺めたパノラマをきっかけにフォッサマグナを考え付きました。
幅広い低地と対岸にある3,000m級のアルプスの山々を見た時の印象が、紀行文に残されています。
ナウマンは、1885年(明治18年)まで本州、四国、九州に至る地質調査を行い、ドイツに帰ってから論文「日本列島の構造と起源について」を発表しました。

「フォッサ」とは「溝」という意味で、「マグナ」は「大きい、大きさ」という意味です(マグナカルタやマグニチュードと同じ語源)。
古い時代の地層(図の茶色の部分)からなる”溝”の中を、新しい時代の地層(緑色の部分)が埋めている地質構造です。
諏訪地域を含むフォッサマグナ地域は、数百万年前までは海で、その後、地殻変動によって隆起し陸地になりました。

 

フォッサマグナの西の端は、大断層「糸魚川-静岡構造線」で限られています。
糸魚川市のフォッサマグナミュージアムの近く、フォッサマグナパークでは、糸魚川-静岡構造線の断層露頭を見ることができます。

糸魚川-静岡構造線は、諏訪地域ではいくつもの断層からなる断層帯となっており、その中が陥没して水がたまり、諏訪湖ができました。

茅野駅の西側には、糸魚川-静岡構造線活断層系の一部である「茅野断層」が通っています。ベルビアの裏から坂を下りて行くと、断層崖が見られます。

茅野市のホームページによれば、茅野から北側では、M7.6程度の地震発生確率が30年以内に14~30%だそうです。

同サイトには、「地震の発生に備え、日頃から心がけておく10のポイント」という
記事が出ていますので、ぜひご覧になってください。

茅野市ホームページ

ナウマンは、日本にいた間に1万kmも歩いたそうです。その間に富士山や浅間山にも登り、蓼科の温泉にも立ち寄りました。

フォッサマグナミュージアムでは、今年5~7月にナウマン来日150周年記念の特別展が計画されています。

ナウマンや昔の歩荷(ぼっか)も歩いた糸魚川-静岡構造線沿いに通る”塩の道”を、日本海までたどってみてはいかがでしょうか。

フォッサマグナミュージアムホームページ

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