蓼科の今

信州にある3つの善光寺

2022.05.09

こんにちは。本日のブログ担当の岩下です。今朝8時の気温は11℃、天候は曇りですが、昼前後から雨の予報となっています。

 さて、今年は長野市の善光寺で数えで7年に一度の御開帳が開催されており、連日参拝者で賑わっています。

 ところで、善光寺は全国にたくさんありますが、信州の善光寺は3つお参りするのが最良とされていることをご存じでしょうか。それは、善光寺の本尊が飯田-諏訪-長野と移ってきたことによります。

【元善光寺】(飯田市座光寺)
1.220501元善光寺 (1).JPG

602年(推古天皇10年)、現飯田市座光寺の住人本多善光が、難波の堀江に沈められていた阿弥陀如来を見つけて持ち帰りました。
 臼の上に本尊を安置させると臼が光ったことから、この地を坐光寺(現座光寺)としたとされています。後に本尊が長野の善光寺に遷座され善光寺と名付けられたので、坐光寺は元善光寺と呼ばれるようになりました。

2.220501元善光寺 (1).JPG

 元善光寺ではいま、長野の善光寺と同じ日程(4/3~6/29)で御開帳が行われています。

 元善光寺ホームページ

【善光寺】(諏訪市)
3.2205諏訪善光寺.jpg

諏訪市湖南にある善光寺は、本多善光の開基といわれる真言宗のお寺で、元善光寺の本尊が現長野市へ遷座されるまでの7年間、この地にとどまったと伝えられています。4.2205諏訪善光寺.JPG

 江戸後期に大隅流の宮大工によって造られた山門は、諏訪市の指定文化財となっています。また、境内には樹齢200年から300年といわれるモクレンやシダレザクラの大木があります。

【善光寺】(長野市)
5.2205善光寺.JPG

642年(皇極天皇元年)、本田善光が諏訪善光寺から長野市に本尊を遷座し、644年(皇極天皇3年)に伽藍が造営され、本田善光の名を取って「善光寺」と名付けられました。

6.2205善光寺2.JPG

 本尊の一光三尊阿弥陀如来とは、一つの光背の中に三尊(中央に阿弥陀如来、両脇に観世音菩薩、勢至菩薩)が配置された様式で、飛鳥・白鳳時代の特徴を有しています。また、善光寺境内の遺跡からは7世紀後半の瓦が発見されていることから、善光寺はその頃の創建と考えられています。

今年は御開帳で大変賑わっています(4/3~6/29)。様々な感染症予防対策が講じられていますので、参拝を計画されている方は事前に確認されることをおすすめします。

 ※長野県発出の長野圏域の感染警戒レベルが6で中断、レベル5以下は開催。
  善光寺御開帳ホームページ

蓼科へお越しの際は、足を伸ばして3か所の善光寺参りをしてみてはいかがでしょうか。
茅野と長野を結ぶ臨時列車、特急「信州」も運行されていますよ。

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